ガタガタと風が窓を叩く音で目が覚めた。

この季節この街では強い風が吹く。

「く〜、しかし今日はまた一段と寒いな……」

3月になったこともあってここ最近は良く晴れて暖かかったのだが、なにやら今日は冬に戻ったかのように寒い。

「とりあえずカーテンを開けよう。日光が部屋に入れば少しは暖かいはずだ」

シャッ――

だが期待も虚しく空は曇っている。結露の向こう側は白く曇っていて良く見えない。

「なんだ、雨かよ。通りで寒いわけだ」

ガラガラガラ――

ベランダに通じている窓を開けると視界は真っ白に覆われた。とんだ大雪だ。

「よ〜く降ってやがるな……って雪ィ!?」

 

 

 

 

 

 

SNOW MARCH

――3月の雪中行軍――

 

 

 

 

 

 

俺の住む場所は一応雪国だと思う。

毎年一定量の雪が降るし、気温が氷点下になる事だってある。

スキー場とはいかなくても、ガキが雪合戦したり雪だるまを作るには申し分ない量の雪が降る。

のだが、どういうわけか去年冬を迎えてから雪が降らない。

昔に何回かそういうときがあったらしいのだがまさか自分が体験するとは思わなかった。

そのときも季節はずれの大雪が降ったらしい。

「今日仕事ある人は大変だな。ご苦労様です」

何となく誰も居ないが頭を下げる。

俺? 大学生だから自主休講ということで。

「いやぁ、仕事だから仕方ないしね」

……誰も居ないと思って呟いた言葉に答えが返ってきた時、人は大抵その状態で固まってしまう。

「でも参ったな〜。早く探さないと……」

何とか体の間接のロックを外して顔を上げる。と、ごそごそと動く物体を発見。

「……おい、そこの物体X。人ん家のベランダで何してやがる」

物体が振り向くとそれは女の子になった。

年のころは多分、14、5。一番判りにくい時期だ。大きな瞳で俺をじーっと見つめている。

一見普通の何処にでもいるような少女だ。が、服装がおかしい。

ダッフルコート言えば聞こえはいいが、これはどちらかと言うとゲームなどで出てくるローブと言った方が正しいかもしれない。少々裾を引きずっており、それが見た目の年齢を更に下げているように見える。

「物体Xって、私の事かな?」

「今この場において身元がはっきりしないのはあんただけだ、物体X」

「ひっどいな〜。私は氷雨。冬を告げる妖精だよ」

――――――

訂正。おかしいのは服装だけではなく頭もらしい。

もしかしたらこの大雪で滑って頭でも打ったのかもしれない。そう思うと憐憫の情も湧いてこようというものだ。

「そかー、冬を告げる妖精さんか。で、お嬢さん。君の家は何処かな〜?」

「……なんです? その逝っちゃった人を見るような哀れむ目は。私は正常ですよ〜」

「そういうヤツほど逝っちゃってるんだよ。酒と一緒だ」

酔ってるヤツほど酔ってないという。自覚が無いのが一番性質が悪い。

「住所でも、電話番号でもいいよ。あ、病院から抜け出してきたとか!? だったら病院の名前でも――」

「氷よ!! 彼の者を戒めよ!!」

少女がそう言うと、俺の周りに雪が集まり包んでいく。圧倒的な雪煙が晴れると、俺の体に薄い氷が張り付いていた。

「どうだ、妖精の悪口を言うから天罰が下ったんだ!! や〜い、ざまあ――」

ペキッ

情けない音を立てて氷が俺の体から剥がれた。

「……ざまあ、何?」

「な、なんでもないですぅ〜」

俺はにっこり笑う。

少女もにっこりと笑った。

若干逃げ腰になってる少女の頭を掴み引き寄せる。

「面白いものを見せてくれてアリガトウ。お礼に某の特技も見ていかないかね?」

「え、遠慮しときますぅ……」

「まあまあ、そう言わずに。そーれ、あいあんくろー」

ぎちぎちぎちぎち

「いたたた、いたいー、いたいですー。ごめんなさいごめんなさい」

自慢じゃないが俺の握力は左右とも楽に70kgを越えている。頑張れば宙吊りにする事も可能だ。

「ははは、なにをいっているんだい? そーれ」

「いやーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……人間界にも鬼が居るなんて……」

「何か言ったかね?」

手をわきわきしながら言うと少女は顔を青ざめてなんでもないと手を振った。

「で、話は最初に戻るが。結局あんたは何なんだ?」

「だから冬を告げる妖精だって……手をわきわきさせないでよ!! 本当なんだから!! 大体人間に人を凍らせるなんてできないでしょ」

「凍らせる? あの程度の氷でか。あんなんじゃネズミだって凍らせられないぞ」

「うぅ、だってまだ見習いなんだもん」

そういって少女―氷雨―は顔を伏せた。

「判った。一応そういう事にしておこう。でないと俺の部屋までどうやってきたのかとかおかしな部分がたくさん出てくるからな」

俺の住んでいるマンションは15階建て。俺はその10階に住んでいる。ロッククライミング(岩ではないが)ができるような人間でない限り昇っては来れないはずだ。

「何か探し物があるみたいなこと言ってたけど、何探しるんだ?」

「……春を告げる妖精を探してるの」

……まあ、冬が居るくらいだから、後夏と秋もいるのだろう。

ふと思った。もしかして……

「なあ、今降ってるこの季節ハズレな雪ってお前がやったのか?」

そう尋ねると氷雨はビクッと震えて頷いた。

「ったく、なーんでまた、もうすぐ春になろうかって時に雪降らすんだよ? みんないい迷惑だぜ」

「……じゃない」

「え?」

「仕方ないじゃない!! 一人で雪降らすの初めてだったんだもん!! 皆手伝ってくれなくて、それでも毎日雪が降るようにがんばって……。やっと成功したのに、もう春だから止めろって、あんまりじゃないっ!!」

氷雨の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。

あ〜、何か地雷踏んだみたい。

と、とりあえず謝らなくては……

「ごめんな、怒鳴ったりして。一生懸命だったんだな。……ありがとう」

頭をできる限り優しく撫でてやる。

「ぐすっ、うわあああああぁん」

堰を切ったように泣き出す氷雨を軽く抱きしめてやると、氷雨は腕を俺に回してぎゅっとしがみついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫か?」

「……っすん。ん、大丈夫」

こういう時は泣いたほうも泣かれた方も何となく恥ずかしい。

「んじゃ、行くか」

「え? 何処に?」

「春を告げる妖精を探しに行くんだろ? さっさとしないと日が暮れる」

氷雨は俺の言葉に大きく瞳を見開いた。

「手伝って、くれるの……?」

「……見つけ出さない限り、ずっと雪降ってんだろ。俺としても困るからな」

焦って口から出た言葉は余りにも下手な言い分けだった。それでも氷雨は笑ってくれた。

「ん、よろしくね!! がんばって見つけよう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、目星はあるのか?」

「ん〜春の妖精は雪が好きじゃないから、雪が積もってる場所にはいないんだよね」

街を歩きながらそれらしい場所を探す。ちなみに氷雨のローブは余りにも目立つので、俺の部屋にあったコートに替えてもらった。

「もうちょっと絞り込めないか? それだとこの街だけって限定されててもまだ広い」

「あ、もう一つ特徴があるの。えっと……あ」

氷雨が突然立ち止まる。

「何だ?」 

「名前。あなたの名前聞いてない」

……そういえば言ってなかったけか。すっかり昔からのダチみたいに思ってたから既に言ったと思ってた。

「和真。板橋和真だ」

「ん、和真ね。もう一つの特徴はね、自然の中、というか土のある場所」

「……つまり、土があって尚且つ雪が積もっていない場所ってことだな」

大分範囲は絞れた。後は足で稼ぐしかない。

それから俺たちは特徴を元に街を歩き続けた。

雑木林にまで足を伸ばしたりしたが一向に見つからない。

日も暮れはじめ、更に冷え込んできた。

「ックシュ」

「なんだ、妖精もくしゃみするのか」

「妖精たって力がある以外は人間と変わらないの。私は少し暑いのが苦手だけど」

「やっぱ冬の妖精だから?」

「そう、だから夏の妖精は寒いのが嫌いなの」

お互い軽口を叩いているが、氷雨も疲れは隠せないようだ。

「ふ〜ん。ところでさ、春を告げる妖精を見つけてどうするんだ?」

「え? だから春を呼んでもらうの」

「どうやって?」

「『春の呼び声』っていう笛を吹いてもらうの。そうすれば雪がやんでこの街にも春が来るわ」

笛ね。どんな音色なのか興味があるな。

本日の最後の探索ポイントの神社に着いた。

管理する人も居ないような小さなものだが、意外に作りはしっかりしてる。

ここでダメなら今日はもう終わりだ。

明日もダメなら明後日も……

いかん、暗い未来しか見えないぞ。

「とりあえず周りを見てみよう。暗いから気をつけろよ」

鳥居から境内を隅々まで見てまわる。雪は日が落ちて更に酷くなった。

「あ〜、ここもダメだったか……」

「…………ごめんね、付き合わせちゃって」

「好きでやった事だ。気にするなよ」

吹雪が俺たちの顔を嬲っていく。

「っ、とりあえずどっか雪を避けられる場所――」

「? どうしたの?」

――あった。土があって雪が積もらない場所。

「判ったぞ、氷雨。妖精が居る場所!!」

「え!? ど、何処!?」

「此処」

「此処って神社? だけどさっき探した時には……」

「社殿の下」

「……なるほど」

俺たちは頷くと社殿の下へと潜り込んだ。

って、俺妖精なんて判らないんじゃ?

「――居た!! 起きて、桜花!!」

赤ん坊のようにハイハイしながら氷雨の居る所に向かうと確かに少女がもう一人。丸まってぐっすりと寝こけている。氷雨にそっくりだ。

「起きて、桜花!! 春を呼んで!!」

「ん? ん〜っ、っはあ。ふぁ……おはよー氷雨、もう春なんだ。って、さむっ。雪降ってるジャン。まだ冬じゃないの!?」

「雪降ってるけどもう3月なの!! 早く『春の呼び声』を使って!!」

「なんだかよく判らないけど、責任はあんた持ちだからね」

そういうと桜花は何処からともなくホイッスルのような笛を取り出した。大きく息を吸い込む。

「―――――っ」

音にならない音。だけどそれは俺に春を感じさせた。

草花が芽吹いているのが判る。

「―――っ、ふう。これでよしっと。んじゃ、氷雨お役目ごくろーさん。確かに春を告げる妖精・桜花が任を受け継ぎます」

「……確認しました」

社殿の下から這い出るとさっきまでの吹雪が嘘のように空は晴れていて、風は暖かさを孕んでいた。

「……よかったな。何とかなって」

「うん、ありがとね。和真のお陰で助かったよ」

「…………」

「…………」

二人の間を沈黙が包む。

やる事が終わったと言う事は、後に残っているのは別れ。

「帰るのか?」

「ん、やる事終わったしね」

「そか。気を付けて、な」

どこからか雪が現れ、氷雨を覆い隠す。

「ばいばい、和真。……嬉しかったよ」

綺麗な笑顔と綺麗な涙。

冬を告げる妖精は現れた時と同じく瞬きの間に消えた。

「……帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。っつっても誰も居ないか」

凍りついた靴紐と格闘しながら玄関にしゃがみこむ。

「お、おっかえりー」

「…………」

……誰も居ないと思って呟いた言葉に答えが返ってきた時、人は大抵その状態で固まってしまう。

「お食事にしますか? お風呂が先ですか? それともわ・た・――」

ガシ

ぎちぎちぎちぎち

「いたたた、いたいー、いたいですー。二度目は洒落にならないですー」

「ははは、君は何をやっているのかね?」

「あううう、ぢ、ぢつは………………たんです」

「あ〜ん? 聞こえんなぁ〜」

「いたい〜、帰り損ねたんですぅ〜」

氷雨が言うには、本来なら春が訪れる際に雪が帰っていくのに乗じて帰るらしいのだが、お別れシーンをやっていた為にそれに乗り遅れたということらしい。

「お前ね〜何となく感動の別れ、って感じで終わったはずなのに、こんなオチかよっ」

「ご、ごめんなさーい。……ごめんなさいついでに、一個いいですか?」

「……言うだけ言うてみ」

今の俺の表情は鏡を見なくても判る。きっと酷く爽やかな笑顔だ。

子供が泣きながら逃げるくらいに。

「うう、次の冬がくるまで和真の家に置いてもらえないかな〜。……なんて」

「――こんの、ボケ妖精がぁ〜!!」

「いや〜っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

――どうやら次の冬がくるまでウチは騒がしくなりそうだ

 

 

 

 

 

END

 

 

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