「なんで〜〜〜〜っ!!??」

目の前の少女が叫ぶ。

叫びたいのはこっちも同じだ。

ああ、確かに聞いたさ。この部屋はシェアルーム用の部屋だと。

シェアの希望者が出たら入居させると契約書にサインしたさ。

でもな――

「女だなんて聞いてねえっ!!」








 Half&Half

 シェアしましょ






だだだだだだだだだだだだだだだだっ

ばんっ

「おい、ばーさんっ。これはどういうことだ!?」

「おばあちゃん、これどういう事!?」

ずずずずず……

「なんだい、騒がしいねぇ」

「これが騒がずに居られるかっ。なんで同居人が――」

「男なのよっ!?」

「契約書にはシェアの相手は同性だとも異性だとも書いてないけど?」

「だからって年頃の女の子をこんな野獣のところに放り込むなんて間違ってるでしょ!?」

「こら、てめえ野獣とはなんだ!!」

「そういうところが野獣だって言ってるのよっ」

「上等だ、表でろやっ。そのひん曲がった性格直してやるぜ」

「やれるものならやってみなさいよっ」

ずずずずずず……

「……うまくやってるじゃないか」

「「どこがっ」」

「ともかく、契約書に書いてあることが全て。気に入らないなら出て行くんだね」

「「ぐっ……」」

1R2分30秒 KO







所変わって我が家のリビング。と言ってもダイニングと兼用なのだが。

「…………」

「…………」

大家のばあさんの所から帰ってきてからずっと無言の応酬が続いている。

折角出してやったコーヒーにも全くノータッチ。寄るな触るな火を噴くぞって感じだ。

今は膨れっつらだし横向いてるから顔ははっきりとは判らないが、結構可愛いほうだろう。

年の頃は15、6といったところだろうか。

肩より少し下で切りそろえられた髪は身動ぎするたびにさらさらと揺れる。

典型的なお嬢様だ。

「なにじっと見てるのよ、ヘンタイ」

……こんなところまでな。

「……はぁ。江東正巳」

「……?」

「名前だよ。ここに住むんだろ? 自己紹介くらいしないとな」

それでもしばらくぶすっとしていたがようやく口を開いた。

「……二ノ宮可南子」

「二ノ宮ね。まあ、よろしく」

「……私はあんたなんかと馴れ合うつもりはないから」

そう言い残して二ノ宮は書庫兼物置に逃げ込んだ。


ガチャリ


鍵もした。

「……別にぃ、子供のしたことだしぃぃ(やや上ずり気味)」

もういいや。何もする気起きないしさっさと寝よう。







AM7:00

ガチャリ

バタン

玄関の閉まる音がする。

家に居るのは俺と二ノ宮しか居ないのだからアイツが出て行ったのだろう。

「そこまでして俺と顔を合わせたくないか」

夜中も何やらキッチンでごそごそしてたみたいだしな。

……え? なんで知ってるって?

…………野暮なこと聞くなよ旦那。

俺とて男だ。家に女の子が居てすんなり寝れるかっつーの。

お陰でほとんど眠れなかった。

こりゃまともに講義受けられないな。

まあ、何にせよそろそろ家出ないと……あ。

「アイツ鍵持ってないよな。俺居なかったら入れないぞ」

う〜ん、どうしたものか。

講義が終わったらさっさと帰る。これしかないか。

「んじゃ、いってきまーす」

無人の我が家に一声かけて鍵を閉めた。

家から大学までは自転車で10分くらいでいける。最初の講義が始まるまでまだ30分はあるから十分間に合うだろう。

このあたりは坂もなく自転車を使うには最適な環境だ。近場なら車やバイクよりとても楽に移動できる。

最後に桜並木を抜ければもう大学だ。






昼休み。

最近は学食で食べることが多い。値段も味もそこそこと言ったところだが、別に味に拘るでもなし。安いので重宝している。

「おーい、正巳」

「んあ?」

「今日お前ン家行っていい?」

「ぶはっ」

「うわっキタネ!?」

あまりのタイミングの悪さに思わず咽る俺。俺の家は独り暮らしだしシェア用だったので部屋も広くよく飲み会の場として使われているの
だ。

そうだよな。二ノ宮が入ったんだからもう家は使えないわな。

「わりぃ、家今使えない」

「えぇ!? なんでだよ?」

「部屋をシェアしたいって人が来たからさ、これからはウチは無理だわ」

「はぁ、マジかよ。それじゃ新しい場所も探さないとなぁ」

「ん、まあそういう訳だから」

「おー、判った。んじゃな」

…………
…………はぁ。

よかった。どんな人だって聞かれなくて。

女の子ですなんて言ったら大学から生きては出れないだろう。







「やばい、結構遅くなっちまったな」

講義が終わった後なんだかんだやってたらすっかり日が暮れてしまった。

時刻は既に7時。さすがに帰ってるに違いない。

いた。

ドアの前で座り込んでいる。着ている制服からして近くのお嬢様学校のようだ。

一体こいつは何者なんだろう。昨日逢ったとき荷物はドラムバッグが一つだけだったし。家具などの荷物が送られてくる気配もない。

それでいて学校はお嬢様学校。訳判らん。

「っと、それより速く中に入れてやらないと」

急ぎ足で部屋に向かう。二ノ宮は俯いたままで顔を上げない。

「悪い、二ノ宮。ちょっとごたごたしてたから帰るの遅くなっちまった。……二ノ宮?」

反応無し。嫌な予感がする。

「おい、二ノ宮。二ノ宮!?」

体を揺するとそのまま横にくずおれた。

額に手を当てる。熱い!? 思いっきり熱あるぞっ。

「二ノ宮、しっかりしろ!! くそっ」

ドアを乱暴に開け放って俺の部屋に駆け込む。

ベッドに寝かせて暖房をつける。とにかく体を暖めさせて、それから……

「あー、恨むなよ二ノ宮。これは緊急避難だからな」

制服を脱がして一通り体をタオルで拭く。

……今鏡を見たら自己嫌悪で死にたくなるかもしれん。

…………

………………

ようやくパジャマを着せ終わる。

「……今までの人生で一番キツイ場面だった」

さて、最後はタオルを絞って。額に載せてとりあえずミッションコンプリート。

現状で他にできることは無い。ここらへんは往診とかも無いし。

俺は黙々とタオルを代え続けた。







「……んっ」

「気が付いたか?」

俺も少しうとうとしていたみたいだ。

もうもう真夜中といえる時間帯に差し掛かっている。

「…………あれ、ここ?」

「俺の部屋だ。その、スマン」

「なんで、あんたが謝るのよ?」

「お前が鍵持ってないの判ってたのに、帰ってくるの遅くなって」

「……あんたにはあんたの私には私の都合があるんだから仕方ないでしょ」

「それはそうだが……とにかくスマン」

「何度も言わなくていい。――あれ? 服が……」

「……それも含めてスマン」

さっきまで少し呆けていた瞳に力が篭るのが判る。

「見たの?」

「目隠しで判るほど慣れてないからな」

「ヘンタイ」

「悪かった」

「バカ、エッチ、スケベ」

「悪かったって」

「……本当に悪かったって思ってるんなら、明日学校休んで看病してよ」

「判った」

俺がそう言うと二ノ宮は目を丸くした。俺が引き受けないとでも思ってたんだろうか。

「その、学校休んでいいの?」

「一回くらい休んだって問題無い。トモダチに頼めばなんとでもなるしな」

「……お気楽大学生」

いや、全くです。







朝にはまあまあ熱も下がったのでお粥を食わせて(やれ不味いだのと色々言いながらも完食)医者に連れて行くことにしたのだが。

「……スマン、もう一回言ってくれ」

「保険証って何?」

どこの箱入りお嬢様だこいつは。

「持ってないのか、保険証? というか存在を知らないのか?」

「だから何なのよっ!?」

さて困った。というかこうなった以上もう後回しにはできないな。

「二ノ宮、お前両親は?」

「…………あんたには関係ないでしょ」

「ある。お前に独りで暮らしていける能力があると思ってんのか? 保険証の例をとってみてもお前には一般常識が欠けすぎてる」

「大きなお世話よっ」

「いーや、大きくない。その反応からすると家出か? さっさと家に戻らないと中々戻りにく「うるさいっ!!」」

今までに聞いたことの無い、本当の二ノ宮の叫び声。

目の端一杯にまで涙を浮かべながら俺を睨んでいた。

「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!! あんたなんかに何が判るっていうのよ!?」

二ノ宮は俺の胸を叩きながら泣き続けた。






俺にしがみ付いたまま少しずつ話してくれた。

親は結構な資産家であること。

みんな優しくしてくれること。

その優しさは一歩引いたものであること。

両親でさえも腫れ物のように扱うこと。

だから誰も知らないところに行ってみたかったと。

「でも結局その親のお金で部屋を借りて学校行って。子供の我が侭よねこんなの」

「お前の気持ち、そいつらに言ったことあるのか?」

「ないよ、そんなの。どうせ何も変わらない。意味無いじゃん」

「そういう事はやってみてから言え」

「でも――」

「もしだめだったら、その、なんだ。……ウチに来い。ウチは定員2名だからな」

昨日渡すはずだったスペアキーを手に握らせる。

少しだけ逡巡した後、二ノ宮は初めて俺に笑いかけてくれた。

「アリガト、正巳」

「やっと名前で呼んでくれたな」

「……いつまでも”あんた”じゃ可哀想だから」

「はいはい、ありがとよ。可南子チャン」







それからもう一日泊まって可南子は家に帰っていった。

元々荷物など無いのと変わらなかったから、今じゃ可南子が居た痕跡は全く無い。

「おーい、正巳ぃ。今日お前ン家、ってそういや使えなかったか」

「いや、使えるぜ」

「は? 新しく入った人は?」

「家に帰ったよ」

「お前が追い出したんじゃないだろうな」

「バカ言え」

ある意味それは当たりだけどそんなこと言えないので誤魔化しておく。

鍵を差し込む。

? 手ごたえが無い。

「どうした?」

「いや、どうも鍵が開いてるみたいなんだが……閉め忘れたっけ?」

「俺に聞くなよ」

まあ、入ってみりゃ判るだろ。

「ただいまーっと」

「おかえりなさい、正巳」

「…………」

今幻聴を聞いたような。

「正巳、なんで玄関で固まってるんだよ。寒いんだから速く中に入れてくれ」

「いや、悪い。今日は帰れ」

「はぁ!? バカ言ってんじゃねーぞ。折角ここまで来たのによ」

「そうよ、正巳。入ってもらえばいいじゃない。ちょうどイイから紹介して頂戴」

幻覚も見えるらしい。

「いや、すまん。幻聴やら幻覚が見えるんだ。どうも体調が思わしくない。だから帰ってくれ」

「誰が幻覚ですって!?」

「……おい、正巳。今の声は誰だ?」

「お前にも幻聴が聞こえるようだな。速く帰って寝たほうがいい」

「い・い・か・ら・い・れ・ろ!!」

結局押し切られて入られてしまった。

痛い無言が続く。

「正巳。俺帰るわ」

「……ああ、そうしてくれ」

「明日が楽しみだな」

死刑宣告のような言葉を残してヤツは帰っていった。

「正巳、速く入ったら? 風邪引くわよ」

「可南子、なんでいるんだ?」

「なんでって、正巳がいいっていったんじゃない」

「いや、言ったけど、つまり……だめ、だったのか?」

それならあんな風に焚き付けた俺にも責任があるわけだし……

「え? ううん。ちゃんと話し合えたわ。ありがとう、正巳のお陰よ」

「へ? そか、そりゃよかった。でもそれならなんで?」

「その上で私は独りで暮らしてみたいって言ったの。うん、って言わせるのに結構時間掛かったわ」

「可南子、言っただろ。お前に独り暮らしは無理だって」

「判ってるわ」

そう言って可南子は俺に鍵を突きつけた。俺の部屋のスペアキーを。

「この部屋定員2名なんでしょ?」





 




だから――






 

 



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2005/2/14

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